四百年の恋

 その夜なかなか寝付けなかった姫は気を紛らすために、愛読書である「源氏物語」の絵巻に目を通してみてみた。


 だが頭に入らない。


 この時代、「源氏物語」は武家階級でも必須の教養だった。


 姫の幼馴染たちも皆、競ってこの大作に目を通し、登場人物の中で自分は誰が好みの男性だとか、こんな女性に共感できるとか、いろいろ論じ合っていた。


 この物語の中では、身分の低い女性の下に、光源氏のような絶対的王子様が現れて恋に落ちる……という、夢見る乙女にはこの上ない展開が多かった


 当然姫たちも、そんな物語に憧れていた。


 こんな田舎の姫君である自分の前にも、いつか光源氏のような素敵な人が現れて、平凡な日常から救い出してくれると夢見ていた。


 「あなた、まだそんな夢みたいなこと言ってるの?」


 姫は来年、二十歳を迎える。


 幼馴染たちは大部分がすでに結婚していて、子供が産まれた者も多い。


 久しぶりに彼女たちと会って、姫が未だに光源氏に憧れているのを知ると、驚き呆れられるのが常だった。


 「いい加減に、現実を見たほうがいいわよ」


 現実の生活に疲れた彼女たちは、姫の夢を打ち砕こうとする。


 この世に光源氏なんかいないのだと知らしめようとする。


 それでもなお姫は、密かに光源氏を待ち続けていた。


 いつか素敵な人が現れ、自分を見初めて愛してくれるのだと夢を見続けていたのだった。