「あなたがどうしても優雅と別れたくないと言うのなら、一つだけ方法があるわ」


 「方法?」


 「私みたいな、地方の女になること」


 「え?」


 「優雅にはもうすでに、名家のお嬢さんとの縁談話が出ているのよ。しかも旧華族の、財閥出身」


 美月姫は息を飲んだ。


 北海道に住んでいると、旧華族だとか財閥だとか言われても、まるで別世界の話のように聞こえる。


 だが中央では。


 歴然とした家柄の差異が存在する。


 苦学して一代で地位を築き上げた丸山乱雪とはいえ、家柄の威光が不足している。


 それを補うために、息子には名家のお嬢様をあてがうつもりなのだ。


 「地方の女って、いったい……」


 「単刀直入に言えば、愛人よ」


 紫は再度、煙を吐いた。


 「……」


 美月姫は息を飲んだ。


 「このご時勢、政治家のスキャンダルにはマスコミがうるさいのだけど、丸山の力をもってすれば黙らすことは可能よ」


 「私、そんな……」


 「あなた。よく見ると、顔の造りはいいわね」


 紫は煙草を消すと、コツコツとヒールの音を立てて、美月姫の元へ歩み寄ってきた。


 「磨けば綺麗になりそうね」


 美月姫の頬に触れながら告げた。


 「やる気があるなら、この店で働いてみない? 未経験者はアルバイトからのスタートとなるけど。ここで働きながら、優雅が訪れるのを待つのも……」


 「い、いいえ、結構です!」


 美月姫は必死で、紫の手を振りほどいた。


 「いろいろなお話、ありがとうございました。今日はこの辺りで失礼させていただきます!」


 「ちょっと、あなた」


 美月姫は駆け足で、「夕映霞」を後にした。