四百年の恋

 姫は一人、立待岬(たちまちみさき)の先端に佇んだ。


 岩肌に波がぶつかり、白い飛沫を舞い上げている。


 秋の風が吹きすさび、肌を冷たくする。


 いつの間にか夜明けを迎えていた。


 東の水平線から姿を現した太陽が、ゆっくりと白い雲の中を昇り始めている。


 また波が勢いよく、岩肌にぶつかった。


 激しい波飛沫が、この辺りまで飛んできそう。


 姫ははるか眼下の岩肌を見つめ、息を飲む。


 (ここから飛び降りるだけで、冬悟さまの待つ世界へと旅立てるはず)


 だが下を見るだけで恐ろしい。


 あの岩肌にこの体が叩きつけられる瞬間を想像するだけで、身震いがする。


 (痛いのだろうか。それとも痛みすら感じる間もなく、一瞬で済むのだろうか。……死の瞬間は)


 冬雅の命令で、切腹させられた福山冬悟。


 (ご立派な最期だったと叔父たちに聞かされている。だけど立派な最期って、何? 腹を切り裂く際の激痛に耐え、取り乱さずに死の瞬間を受け入れたこと? 恥を忍んで生き続ける私は、この身を切り裂き、血を流すよりも苦しんでいるのかもしれない)


 冬雅を憎んで、憎み切れればよかったと姫は悔やむ。


 それならば憎しみを糧にして、生き永らえることができたはず。


 冬悟との誓いを胸に、全ての苦しみを耐え忍ぶことが可能だった。


 (それなのに、私は殿を……)


 「!」


 気のせいかもしれないけれど、お腹の中で子供が動いたような気がした。


 それは姫を思いとどまらせるためだろうか。


 (私がここから飛び降りれば、この子の命をも絶ってしまうばかりではない。実の父母や、養子縁組をした叔父夫妻にも迷惑をかけてしまう。周りの人たちをも、不幸の底へと突き落とす)


 ゆえに姫は躊躇していた。