夜明け前。


 冬雅はいつも床を離れて、空を眺めている。


 障子を開けて、軒先に座りながら。


 夜明け前の冷たい風が部屋へと迷い込んで来て、その冷たさで姫は目を覚ます。


 「……」


 姫は周囲に散らばった寝間着を引き寄せる。


 「起こしてしまったか」


 布が畳に擦れる音で、冬雅は姫が起きたのに気がついた。


 「今日は西の空に、下弦の月が残っている」


 曇っていて数日空が見えずにいると、その間に月の形は変貌している。


 それだけのことでも、時の流れの速さを感じることができる。


 「京や大阪では、豊臣家と家康が一触即発の雰囲気なのに。遠く離れたこの地は、そんな物々しさなど少しも伝わって来ない」


 羽織るものを持って近づいた姫を、縁側で冬雅は抱き寄せた。


 「なぜ殿は、徳川方のお味方をなさるのですか?」


 「ん?」


 「福山家には亡き太閤殿下の恩義があるにもかかわらず、殿は」


 「冬悟のようなことを申すのだな」


 冬悟の名を耳にして、姫はぴくっと体が震えた。


 「冬悟にもこう答えたのだが。……福山家を守るためだ」


 「福山家を?」


 「自分の思いのまま、好き勝手にやっているだけでは、この一国を守れないこともある。それをなかなか冬悟は解ってくれなかった」


 「……」


 「自分の信念や理想を貫いて生きる。確かにそれは素晴らしいことではあるが、それだけではこの国は立ち行かない」


 冬雅はきっぱりこう述べた。


 「そして私は、この国を支配するためにだけ生まれてきた」