四百年の恋

 「姫」


 冬悟が姫に声をかける。


 喧騒の中、ようやく声が届く距離。


 「冬悟さま、お逃げください! さあ早く!」


 姫は両手で柵を握り締め、叫んだ。


 「その方は、何者だ」


 騒いでいる姫の元へ、警備の者たちが駆けつけてきた。


 「ここから先は、一般の者たちは進入禁止だ。帰るんだ」


 「いや……!」


 兵たちは姫の腕を強引に掴んだ。


 「無礼者! 離せっ。冬悟さま!」


 姫は声を振り絞った。


 「月光姫!」


 冬悟は思わず、姫の名を呼んだ。


 「え、月光……。では安藤さまの」


 兵たちは姫の正体に気づいた。


 「姫さま。どうかお帰りください」


 急に態度は丁寧になったものの、姫をここから去らせようとするのは同じ。


 「離せ! 冬悟さま……」


 「姫」


 冬悟は小さく首を振った。


 姫に、これ以上の抵抗をやめるようにと無言で告げているようだった。


 「生まれ変わって……、また巡り会おう」


 冬悟は確かにそう告げた。


 (そんなの嫌。このまま冬悟さまを失うことなど……!)


 「さあ、帰るんだ」


 姫は再度、役人や兵士に取り押さえられた。


 「離して……!」


 冬悟が連れ去られてゆく。


 あの木々の向こうに行ってしまえば、もうその姿は見えなくなる。


 その瞬間まで冬悟は、ずっと姫を見つめていた。


 だがやがてその姿は、木々の向こうへと消えていった。


 「冬悟さま!」


 姫は捕らわれた手を振り切り、再び柵を掴んだ。


 激しく柵を揺さぶっても、びくともしない。


 「冬悟さまー!……」


 ……これが姫がこの世で目にした、福山冬悟の最後の姿だった。