四百年の恋

 「今宵このままそなたを連れ帰り、抱きたい気分だ」


 「!」


 「もっとそばに寄れ」


 「あ、都輝子(つきこ)さまです」


 「なにっ!」


 正室の名前を口にしただけで、冬雅は悪いことをして母に叱られる子供のように顔色を変えて、びくっとして後ろを振り返った。


 頭が上がらないとは聞いていたけれど、想像以上の恐妻家だと姫はつくづく実感したのだった。


 「……だましたな」


 振り返っても誰もいない。


 ふすまの辺りを見つめながら、冬雅は苦笑した。


 「この蝦夷地の支配者、福山家当主であるこの私をからかうとは、大した度胸の姫だな」


 笑いながら扇子を手に、姫の首を切る仕草を見せる。


 「私は殿をだました無礼者です。早く流罪にしてこの地から追放してくださいませ」


 「そういうことか」


 冬雅は笑いをかみ殺すが、肩が震えている。


 「面白い姫だ。ますます欲しくなった」


 むしろ怒るどころか喜んでいる。


 「だが残念ながら、今晩中に福山城に戻らねばならぬ。そなたとゆっくり過ごすわけにはいかぬゆえ、城に戻ってからまたいずれ、だ」


 「えっ、今晩帰還なさるのですか?」


 姫は驚いた。


 なぜならまだ十日近く、ここ大沼に滞在すると聞いていたから。