四百年の恋

***


 「赤江」


 その日、執務室前の廊下で冬悟は兄の重臣である赤江を呼び止めた。


 「話がある」


 そう告げて、誰もいない庭園に赤江を伴った。


 「冬悟さま」


 「……」


 冬悟は言葉を選んだ。


 庭園の桜は、ほぼ散ってしまっている。


 わずかに残った花びらが、夕暮れの庭園に風と共に時折舞っていた。


 「先日の、お前の話」


 「冬悟さまこそ、当主にふさわしいというお話、でしょうか」


 「誰もがそう感じているのだろうか」


 「もちろんです。冬悟さまこそがこの地の支配者に相応しいと、民の誰もが」


 「そうか……」


 一呼吸置いた。


 「冬悟さまがその気ならば、どこまでもついていこうと願う者は少なくありません」


 「……」


 「人生における好機とは、そんなに数多く訪れるものではありません。それを上手く見極めたものだけが、この乱世を生き残るのです」


 「乱世だと?」


 「戦国の世は終わったと思われました。ですが豊臣秀吉公が亡くなられた今、再び乱世の匂いがしてきました」


 赤江の言う通り、太閤秀吉の死後の覇権を巡り、諸大名たちが息を殺しているまさにそんな時期だった。


 「乱世は、力のある者だけが生き残ることができるのです」


 「下克上……!」


 冬雅は遠い大沼。


 冬悟は恐ろしいことを考え始めていた。