子どもの側からしてみれば、朝起きたら知らない男が家に居てそれはそれは驚くことだろう。
遥の後ろに隠れ、敵意剥き出しの目でこっちをにらみ、なんとか恐怖を見せないように泣いてしまわないように、必死にこらえている様子がおかしい。

俺と遥は、その晩ずっと話し合った。
お互い何があったのか、空白の3年の事を話す。
フェルは、いち早く遥の体調の変化に気が付いたらしい。
すぐに、俺に連絡をしろと説得されたが、大事な撮影があると聞いていたし、その撮影が終わったら迎えに来ると言っていたから、それまで待つと言ったそうだ。


「それじゃあ、この子がどんどんお腹の中で大きくなっちゃう。」
「どういう意味?」
「産むつもりなの?」
「当たり前じゃない!」
「ユウキのその言葉が仮にその場限りの甘いささやきだったとしても?」
「……その可能性の方が高いよね。だから連絡しないの。」

俺は、それを聞いて胸が押し潰されるように苦しかった。
項垂れて首を振る。
その時、その事実を聞いていれば何もかも放り出して俺は遥の元に行っていた筈だ。
その後のことは全てフェルが遥のサポートをしていた。
体調の悪い時も、そして時を同じくして店が他の人の手に渡り、みんなが次の仕事を探している時も、フェルはずっと遥のそばにいた。
遥が妊娠して、スタッフの周りのみんなはフェルの子だと思っていたらしい。
だから、しばらくしてフェルだけ日本からローマに戻って来た時は、みんながっかりしたのだ。
うまくいかなかった理由を何度もみんなから問い詰められたそうだ。
そして、日本で産まれた子どもが本当は俺の子どもだということは、向こうのスタッフは誰も知らない。
フェルには頭が上がらない。
再会した時は、遥の居場所を聞き出すことばかりに集中して、フェルの遥に対する思いなんて考えもしていなかった。