忘れもしない。
そんな瀬田祐樹が、私に突然キスをしてきた日。
私は、閉店後最後まで一人で仕込みをしていた。 私は、店の同じビルディングの上階のアパートに住んでいたから、そんな事はしょっちゅうだった。
外は、小雨が降っていた。 もう鍵を閉めた扉を叩く音がして、顔を上げると、そこには瀬田祐樹がちょっと雨に濡れて立っていた。
私は、慌てて扉を開ける。
「よ。」
瀬田祐樹は、珍しくだいぶお酒に酔っているようだった。
「濡れてるよ。今、タオル持ってくる。」
「こんな夜遅くに、店に女一人なんて危なくね?ひでーな。ここのチーフは。」
「フェルもさっきまでいたんだけどね。もう、終わるもん。それに横のバーはまだやってるし。」
タオルを渡して、見上げると、瀬田祐樹は、いつになく鋭い目をして私を見下ろす。
フッと強い香水の香りがして、さっきまで女の人と一緒だった事がわかる。
外国の女の人は、香水をキツめにつけるからすぐわかるのだ。
「ここは日本じゃないんだぞ。フェルが帰る時にお前も帰るんだ。一人になっちゃダメだ。」
「はいはい。」
「俺はマジで言ってんだぞ!ちゃんと聞けよ。」
いつになく苛立って瀬田祐樹は、怒鳴る。
私はビクンとして彼を見上げる。
「わかった。ゴメンなさい。」
「いや、ゴメン。」
瀬田祐樹は、目をそらして受け取ったタオルで頭をガシガシと拭いた。