一ノ瀬遥は、電話から1時間ほどして、何の疑いもなく俺のサロンにやってきた。
運良く渋谷の駅ビルの料理教室で仕事だったらしい。
ちょうど片付けていたところだと電話口で彼女はそう言っていた。

「料理教室で作ったフォカッチャとビスコッティ。差し入れです。 オリーブとローズマリーの二種類。
よかったら、スタッフの人たちにもどうぞ。」

「わ、うまそ。」俺は即座につまみ食いする。
「へえ、いいじゃん。こういうのもケイタリングの中に入れてくれるわけ?」
「そうですね。ご希望があれば。あとはプチプレゼントみたいなかたちもできます。」

ダボっとした洗いざらしのチノパンに、黒の革の大きめなベルトに黒のぴったりとしたサマーセーターをインにしている。
ボーイッシュだけど、今日の格好はバストのラインがよくわかる。俺はさりげなくそのスタイルをチェックする。
悪くない。っていうかいいじゃん。
具体的な日程や人数、会場、どんなメニューでできるか、予算などを話しながら、別のアタマではゆっくりと一ノ瀬遥の品定めを再びしている自分がいる。

我ながらやな奴だなあと思いつつ、仕事を一緒にする相手としては、好印象だ。
話が早いし、できることとできないことをきちんと明確に説明できる。
女の子としては、少々色気には欠けるが、案外この個性的な顔とサラサラの髪、色白の肌、ぽってりとしたその唇。そのゆったりとした穏やかな語り口になぜかひかれてハマる男はいるのかも。

俺は、頬杖をついてジッと彼女を見つめながら話を聞く。
ふと顔をあげた彼女と目が合う。
重たそうな一重の瞼の下には、黒目がちのキレイな目が透き通るように光っている。
俺は目をそらす。あんまり観察しすぎると、俺の方が引き込まれてしまいそうな気がした。
佑樹が本気になったのも、少しわかってきたような気がする。