「私ね…『杉野さん』じゃなくて、『高橋さん』に戻ったの。だから、これからはそう呼んで」

驚いた様に私と太一を確認する。ブスけた表情でいる太一が、強い声を出した。

「いつまでも見てるな!」

ムッとして他所を向く。
放り出された子供のように『宝田光琉』がこっちを振り向いた。

「…太一はね…こういう時、どんな顔していいか分からないだけなの。別に怒ってる訳じゃないのよ。だから気にしないで」

不器用で言葉足らずなだけ。
そんな彼と別れた今、私がしてあげられるのは、周りの人にホントの彼を伝えることだけーーー

「余計な事言うな!」

歯向かってくる。照れ隠し。それも分かってるから……

「照れなくてもいいって。太一は人一倍恥ずかしがり屋なだけなんだから!」

今まで話せなかった分、思いきり返す。
夫婦という形を無くして、私はようやく彼の同級生に戻れた。

「エリカ達…何か変わった?」

舞が驚く。会社でもあまり話をしてなかった私達のことを彼女が一番よく知ってる。

「そう? 今までよりも、少し仲良くなっただけよ。ねっ⁉︎ 太一!」

いつまでも名前で呼びたいけど、いつかはやめないと。
私達は…別々の道を生きると、決めたんだから…。

「まあ、そんなもんだよな…エリカ…」

思いを残して呼ばれると、胸が痛くなる。
でも、それもきっと、すぐに癒える筈だから…。

「…もうっ!あんた達って、ほんとミステリアス過ぎ!結婚してる時からそうだったけど、別れても相変わらずなのね!…ねぇ?そう思わない⁉︎ 『ひかるの君』!」

同意を求められて困ってる。
『宝田光琉』の顔を見て、私は何かを思い出しそうだった…。


「…そう言えば、宝田君は…何しに来たの⁉︎ 」

思いついて聞いてみた。
階段から転げ落ちたのは火曜日。それから4日間意識が戻らず、土曜日の今日になって、ようやく目を覚ました。
太一は火曜日から毎日、面会に来ていて、舞は今朝から、この部屋にいたんだそうだ。

「俺は…意識がまだ戻らないと聞いて…気になって……」

カサッ…と音がする方を見た。
彼の後ろに大きな花束が見える。
それを指さして聞いた。

「それ…お見舞い?」

困った顔して隠す。さっと取り上げた舞が、彼の胸に押しあてた。

「持って来たんなら渡しなさいよ!」

ほら…と促してる。渋った表情で手にする。
それから、こっちに差し向けた。

「…ホントにすみませんでした。早く良くなって下さい」

空のような色をした花。
それを見てたら、急に何か込み上げてきて……

「エリカ⁉︎…どうしたの⁉︎ 」

舞が驚く。
太一も宝田光琉も驚いたような表情してる。
何より私は、自分のことがよく分からなくてーーーー

「…知らないけど…涙が出てきたの…この花見てたら……」