「指輪もね…身に付けたいと思ってた通りのものだった。だから、ますます嬉しくて…」

左手の薬指に光るプラチナと小さな石。
これが夢でなく現実なら、何があっても、私はこの指輪を外さない。

「この生活が…ひかるとの事が…全てホンモノなら…どんなに幸せか分からないくらい、いい事ばかりあった…」

左手で右手を隠す。
掌に感じる輪の感触を確かめながら、ひかるの顔を眺めた。

「…ここへ来て良かった…ひかるの奥さんになれて……最高に幸せだった……」

現実の生活よりも、密度の濃い時間を過ごした。
たとえこれが、夢だとしても……

「…ありがとう……私を…一番に選んでくれて…」

零れ落ちる涙を頬に感じながらお礼を言った。
ハッとした表情をしたひかるが、ぎゅっと私を抱き寄せる。

「今のセリフ…俺がプロポーズした時にも言った…!」

記憶にもない夢の中で、同じ言葉を言ったーーー

32才と26才のエリカ。
時々リンクしてしまうのは、根底に同じ思いがあるからだろう。

「ひかる…好きよ…」

心の奥底から囁いた。
神様に誓った通り、これが夢でなければ、どんな時も…彼を信じ、愛していくのにーーー

「でも、現実の私は…あなたのこと、好きでもなんでもないと思う…。だから今だけ…目が覚める前だけ…好きでいさせて…そしたら目が覚めても、きっと幸せな気持ちでいられるから…」

ひかるの言葉も手の温もりも…絶対に手放したくないくらい大事なもの…。
こんな短い時間に、これだけ人を好きになることなんて…きっともう……二度とない…。

「今…この瞬間、目が覚めても、絶対、後悔しない…」

ぎゅっと彼を抱きしめてから気づいた。
私が夢だとしか思えなかった理由。
それは……


(匂いがしないからだ……)

ひかる以外の事は匂いがあっても、彼に関してだけ匂いがない。
匂いがしない人なんていない。
もし、いたとしたら、それは幻か幽霊ーーー


「もう二度と抱きしめてもらえないと思う。だから…今だけでいい……ぎゅっと抱いて…私を…ひかるのものにして……」


自分から頼むことなんて、できなかった。
特に太一には、絶対、言えないセリフだったーーーー

「…今だけじゃなく、エリカはずっと、俺のものだよ……」

優しい顔が近付く。
確かな温もりが感じられる。
舌や唇が、首筋をなぞってく。
苦しい程の快感が駆け巡って、息が詰まりそうになる。
鼓動が速くて、身体が熱くて、足にあった傷の辺りが、すごく…熱っぽくて……




……抱かれながら、その傷がいつできたのか思い出してた。

あの日…太一と別れて一カ月経った頃……

私は職場の階段を、両手が塞がった状態で駆け降りていたーーーー