もう一度、あなたと…

ホテルのビュッフェで食事を済ませ、新居に戻った。
実家から二駅ほどの所にあるマンション。
そこを選んだ理由を「たからがひかる」はこう話してくれた。

「将来、子供ができた時に、エリカの両親に子守りをお願いしやすいように…って話し合って決めた」

またしても、私の都合に合わせてくれてる。
どこか現実じゃないと思ってしまうのは、きっと、この好都合のせいもある。

2LDKのマンションは、新婚夫婦が住むには丁度いい広さだった。
高さも3階で高過ぎもしない。
これなら高所恐怖症の私でも、ベランダに出られるかも…。

一通り部屋の中を見て回り、外を眺めていると、「たからがひかる」が窓を開けた。

「…出てみるか?」

確かめるように聞く。
もしかしたら、26才の私も、32才の私と同じ、高所恐怖症なのかもしれない…。


開かれた窓辺に近づく。手を差し伸べる彼の目が笑ってる。
恐々と握った手を引っ張って、「ほらっ…」と外へ連れ出された。

倒れ込むように前のめりになる。
ベランダの向こうに広がる景色に息を呑む。
それを眺めながら、彼が私に言った…。

「エリカは、この景色が気に入ったから、ここに住もうって言ったんだったな…」

疑うような顔して彼を見る。ふ…と笑いかける顔が眩しい。
この世界の全てが夢でも、やはりこれだけは現実のように感じる。
昨日と同じ。
それだけは…変わらない気がした……。


「…気持ちいい…」

そよぐ風に空を仰いだ。

苦手なハズの場所が好きになっていく。
一人じゃない。
二人だからだ…。



(…あの家も、こんなふうに好きになれれば良かったけど…)

蘇る32才の記憶。結婚4年目に入る、少し前のことだったーーーー


……太一の両親が亡くなって、私達は彼の実家に住むことになった。
それまで住んでいたアパートは引き払って、初めて彼の実家に入った時、家中のそこかしこにお義母さんの思いが残ってる気がして、やたらと物が動かせなかった。

『自分のやり易いように動かせよ』

どうでもいいみたいな言い方をしながらも、太一は手伝おうとはしてくれなかった。
だから、どうしても二の足を踏んだ。
高かった家賃を払う必要が無くなって、経済的には助かった筈なのに、心は逆に重くなる毎日だった…。

家に帰るのがイヤで、いつも何がしか残業していた。
手当てなんか欲しかった訳じゃなくて、あの家で一人、太一の帰りを待つのがツラかったから……




「…考え事か…?」

「たからがひかる」の声にビクつく。すぐ側に彼がいたことを忘れていた。

「う…うん……」

何を?と聞かれるのが怖い。
今を受け入れられない私にとって、太一との生活は切っても切れないものだから。

「…そっか」

何を考えてたか、すぐに分かるみたいな目をされた。
よくよく考えてみたら、彼にとっても不幸な出来事だ。
式を挙げようとしていた相手が、自分との事を全て夢だと話すのだから…。