「紅茶、お代わりは?」
伊達の声に、思考がパチンと消えた。
彼のマグはいつの間にか空だったが、彼女の紅茶は、もうすっかり冷めてしまっていた。
「いえ、たくさんです。…あの、伊達さん」
「うん?」
「毎回お茶を淹れて頂くと大変でしょうから、場所を教えて頂ければ今度から私が淹れますが」
アキの申し出が意外だったらしい伊達は、ほんの少しだけ目を見開き、その後ソファから腰を上げた。
「じゃあ案内するよ。おいで」
ついて行ったキッチンは、やっぱり物が極力少なかった。
というより、料理道具がほとんど無いに等しい。
サイドボードには、数枚の皿とカップくらいしか見当たらない。
「…カップはここ。珈琲の粉は…下にある。分かったかい」
「はい」
「紅茶を淹れる時はこのポットを使ってくれるかな。
…まあ、私は別に、紅茶の淹れ方までに文句を言ったりはしないから」
言いながら引き出しを開ける伊達を見降ろしつつ、アキは思う。
確かにこの人、紳士的な振る舞いをする割に笑顔がほとんどない。
それでも、冷酷非情なまでには思えないのは、きっと、口にする言葉が優しいからだ…。
「以上。今度から淹れてもらうから、よろしく頼むね」
…この人、38歳って雑誌に書いてあったっけ。
それにしては、世間のアラフォーより幾分若い気がするなぁ…。
なんだろう、髪が黒いからかな?
それにしては手入れしてないからボサボサだけど。
「…聞いてるかい?君」
「はい!だ、大丈夫です!」
「頼んだよ」
そう言うなり、再び伊達はスタスタとリビングへ戻って行ってしまった。
何の雑談も、談笑もないまま。
二人揃ってリビングのソファに腰掛けた所で、伊達が率直に言葉を口にした。
「それで、今日はどこまで話す?」
それとも、顔合わせだけにするかい?
少し毒を含んだ言葉尻だ。
もう冷めているだろうポットから、伊達は自分のマグへ片手で紅茶を注ぐ。
ぽちゃん。
そしてスラリとした指がまた一つ角砂糖を落とし、銀のスプーンが湯面をかき混ぜていく。
その一連の動作ですら、どことなく『暇潰し』なのかとすら思わせた。
『暇潰し』。
『人と話したくないから受注の仕事をしている』のならば、
人嫌いでマスコミの取材も拒否していたくらいならば、
あんな稚拙な感想を言った人間を、
…とりわけ美人でもなく、そして器量がいい訳でもない人間から、取材を受けるメリットがない。
いくら考えても、ない。
何一つない。
『自分に自信がないこと』に自信があるのは、アキの短所であり長所でもあった。
だからこそ、今ふと思いついた『暇潰し』という言葉がぴったり伊達に当てはまるように思えた。
『暇潰し』に、そう年派のいかない女編集者を、弄って、遊ぶ。
…ああ、それなら納得がいくかも…。
アキの唇に、「今日は簡単な経歴から」とか「画家を志すきっかけを」とか、それらしい言葉が乗る。
しかし無意識に唇を舐めた瞬間、そんな上っ面なセリフは綺麗に消え去り
代わりに、ずっと自分の心を澱ませていた事がポロリと唇から滑り落ちてしまった。
「伊達さん、どうして私なんかに取材を許可したんですか?」

