犬鳴峠と言っても
現在通れるのは新道
心霊スポットとして名高いのは
現在は封鎖されている旧道の方だ

知らずに走れば気付かないような
細い側道を進むと旧道に入れる

バリケードで封鎖されているため
車での侵入は不可能だ

歩いて登っていくと
やがて目の前に
不気味な程巨大なコンクリートブロックに塞がれたトンネルが現れる

途中は路肩が破損しており
一歩踏み外せば崖を転落となる

街灯などはもちろん無く
夜は深い暗闇となる

問題のスポットはトンネルである

様々な逸話が飛び交うが
中には明らかな眉唾物も少なくない

この日も私達は入り口に車を停め
真っ暗な闇の中を歩いた

煙草の火が無ければ
すぐ隣の人間の顔すら見えない

トンネル手前まで来て
先頭を歩く先輩が何かに気付いた

『なんだ先客いるじゃん』

『ほんとだ、誰かいますね』

トンネルの入り口付近に
女性が立っているのが見えた

有名なスポットだけに
こういう事は稀にある

『ここらで待ってましょうか』

『そうだな』

私達はトンネルから50メートルほど離れた位置で立ち止まり
先客が帰るのを待つことにした

雰囲気を壊さないよう
なるべく小声で話す

ジェスチャーを交えて話すが
如何せん暗い
見えるわけがない

しばらく話し込んでいると
徐ろに先輩が口を開く

『時間かかってんなぁ』

『そうっすねぇ』

『ぅあ!』
そんな事を言っていると
仲間の一人が声にならない悲鳴のようなものをあげた

『どした?』

『あの女………』

『ん?』

『いやそもそも……』

『なんだよ?』

『あいつ…なんで見えてんの?』

一瞬意味がわからなかったが
すぐに理解できた

辺りは真っ暗闇
すぐ隣の人間の顔すら見えない

なのに何故
50メートルほど先の女は見えるのか

性別がわかる程に鮮明に…

『逃げるぞ!』
先輩が叫ぶ

私達は一目散に来た道を引き返す

車に駆け込み
先輩は全速力で峠を下る

『…………てる………』

運転しながら
先輩が小声で呟いた

『え?』

『ついて来てる!』

私達は後ろを振り向いたが
何も見えなかった

『来てないっすよ!?』

『来てんだよ!バックミラーに映ってんだよ!』

顔面蒼白で叫ぶ先輩

私達も恐怖で震え上がる

しばらく走ると
麓のコンビニに辿り着いた

コンビニというのはどこも同じような作りだ
慣れない土地であっても
見慣れた安心感を覚える

小一時間ほど滞在し
その日は解散となった

別れ際
先輩は車の中で何やら呟いていた

『……まだ来てる』

現在、その先輩とは音信不通だ

この夜のことが関係してるのかはわからないが
まだ来てる
と言った先輩の虚ろな表情が忘れられない