拓:「でだな、実は松尾芭蕉は政府のスパイだという説があってだな…」
蘭:『おおー!そうなんですか!』
ほとんどを埋め終わった蘭は、熱中する拓也の話を聞いていた。
いつもの表情とは全く違う、いきいきとした顔の拓也。
蘭は、たまたまその奥にある壁にかかっている写真に目線を当てる。
蘭:『あっ…あの制服って…先生、この学校の出身ですか?』
拓:「そうだ………は?」
蘭の質問に、拓也がピタッと固まる。
それから、さっきまでの雰囲気と全く違う、いつもの気だるげなものに変わっていった。
拓:「何でわかったんだ?」
蘭:『え?し、写真が……』
拓也がいつもより冷たい目を蘭に向けながら言った。
その目がとても恐ろしく見えた蘭は、声と体を震わせながら言った。
そして、なんとか震える右手の人差し指を写真の方に向ける。
そこには、若い拓也と二人の男女が写っていた。
三人とも、とても笑顔で、今の拓也の面影など全く無い。
拓:「…昔のだ、ほっといてくれ」
蘭:『でも、先生があんな笑顔で笑ってるなんて…』
ガシャン、と拓也が机を手で飛ばした音がなった。
机は壁に激突して、大きな音をたてる。
その近くを、コロコロとペンが床を転がっている。
それから、前髪をかきあげて額を押さえながら拓也は言った。
拓:「関係ないだろ」
静かにそう言って、震える蘭を睨む。
ボサッとなった前髪を気にもとめず、蘭の方へ体を伸ばしていく。
そして震えが止まらない生徒の肩を掴んで、ただ静かに言った。
拓:「……アヤカ…許してくれ」
そう言って、蘭にそっと唇を重ねた。

