「賢斗ー!お客さんよー!」


母親の甲高い呼び声が頭の中にこだました。


「賢斗くーん!」

「可愛いお嬢さんが来てるよー!」


不思議と郁の声も聞こえた。

なんだこれは幻聴か。

郁はオーストリアのウィーンにいるはず。


「郁ちゃん、2階に行かせるわよー」


母が俺にそう声をかける。幻聴が聞こえる


俺の部屋まで

「お邪魔しまーす」

郁が来るはずもない

「賢斗くーん、今行くねー!」

そもそも郁は

「お部屋はいっちゃうよー!」

日本にいないんだって。


郁の幻聴と戦う俺、頑張れ俺

扉に背中を向けて寝ていると扉が開く音がした。

ノックをしろと母親には何千回も話したはずだけど、


「あ・・・」

「ただいま」


ドアを開けたのは母親でも、誰でもなく、ウィーンにいるはずの赤槻郁だった。