鈴木さんと佐藤さんがまた会社の話題で盛り上がり出したので、私は正面を向き直しながら壁のクローバーで時間を確認する。
そろそろ本当に帰ろう。
シンタくんは一番右端の男性客の前でシェイカーを振っている。
あの人が終わったら声をかけて帰ろう。
「ねえ、隣に座ってもいいかな?」
グラスを手にした私に右側から声がかかる。
びっくりして視線を向けると、スツール1つ分開けた隣の席で若いスーツ姿の男性が微笑んでいた。
今、隣って言った?
いや、だって既に隣に座っているじゃない。
なんて考えているうちに、ペラペラの笑顔を貼り付けたままのスーツマンは自分のグラスをスッと左に滑らせて、私のすぐ横のスツールに移動してきた。
「可愛らしいスーツ着てるね。
どこの新入社員さんなのかな?」
馴れ馴れしく顔を覗かれる。
ここまでの流れがあっという間で、私は全く動けなかった。
「あ、あの……」
「ここさ、マスターがいい男だからそれ目当てにそこそこカワイイ女が来てるんだよね。
あんたもそのクチでしょ?
でも、あーみえてあのマスターバカみたいに真面目だから面白くないよ?
それより俺にしとかない?楽しませてあげるよ?」
さらに私に身を寄せてくるスーツマン。
失言とツッコミどころが満載なのに何一つ言葉にできず、私は口をパクパクさせることしか出来なかった。

