ぱちん。
ぱちん。
ぱちん。
空き教室にホチキスの音がやけに響いて聞こえる。
私は春期講習で使用する現国の資料を1人で黙々と作成中。
といっても、教室には私以外にもう1人。
「ぴー子。それ全部終わったら帰っていいからな」
教室の一番後ろの席でパソコンにかじりついている渡辺先輩がディスプレイから目を離さないまま私に声をかけた。
とても背が高い先輩が小さなノートパソコンに覆い被さるようにしてキーボードを叩く姿はいつ見ても窮屈そうで気の毒に感じてしまう。
「これ終わったらそっちの入力も私がやりますよ?
っていうか、ガリバー先輩いい加減にそのぴー子っていうのやめませんか?」
「いや……、こっちはもう少しで終わるから。
ってか、その言葉お前にそのまま返そうか。
指導係に敬意の欠片もないその呼び方いい加減にしろや」
一旦姿勢を戻し、何度も首をコキコキさせた先輩が私を軽く睨む。
「いいじゃないですか。
生徒も皆ガリバーって呼ぶんだから。
私のことをぴー子って呼ぶのは先輩だけですよ?
しかもその呼び方、私の見た目にも名前にも何の関係もないですからね?」
「何言ってんだよ。
お前、ぴーすけの妹じゃんか」
ぴーすけとは、兄が踊子さんと一緒に働いていた頃のニックネームだ。
「今はもうお兄のことそう呼ぶ人いないんですけど…」
私は小さくため息をつきつつ資料作りを再開させた。

