「…………ふーん。何となく分かったわ」
しばし見つめあった後、香折さんがしたり顔で頷いた。
「あ……。すみません。変なこと聞いて」
衝動的な自分の発言を後悔して頭を下げた私に向けられたのは、今までで一番優しい微笑み。
「千波ちゃん、研究室行こう。
そっちの方が落ち着いて話せる」
「はい?」
すっくと立ち上がった香折さんを見上げながら間抜けな受け答えをしてしまう。
「この後何か用事ある?」
「えっと……。大丈夫です」
私の返事を確認してさっさとトレイを手に歩き出した香折さんを慌てて追いかけた。
「心理学研究室はね、多分シンくんが大学で一番長い時間を過ごした場所なんだよ」
食堂を出てそう教えてくれた香折さんは、ちょっと楽しげだ。
私は香折さんが研究室で何を話してくれるのか予測ができなかったけど、黙ってその背中を追いかけた。
研究室棟は大学の一番奥にある。
一般教養課程の1年生が足を踏み入れることは殆どない。
いくつもの研究室の前を通り過ぎて、
【教育心理学 野口研究室】
と書かれたドアの前にたどり着く。
「今日は私しか出てきてないから、遠慮しないでどうぞ?」
香折さんに促されて、私は初めての研究室に足を踏み入れた。

