「千波ちゃんさー」
ずっと黙ったまま聞いていてくれた柿本さんがテーブルに両肘をついて私の方に身を少し乗り出した。
「我慢なんてやめちゃえ」
「へ?」
思いがけない言葉を投げかけられて、私はキョトンと柿本さんを見返してしまう。
「我慢なんてさ、社会人になったらイヤってほどすることになるから。
納期も予算も無理難題しか言ってこないクライアントとか?
仕事と私どっちが大事? なんて王道の質問投げつけて、こっちが返事する前に音信不通になった彼女とか?
柿本くんかわいー! とか言って無駄にチヤホヤしてくるお局上司とか?
どいつもこいつもいい加減にしろ、って言いたくなるけどぜーんぶ我慢。
ぜーんぶ愛想笑いの下に閉じ込めて我慢するんだよ?」
「か……かっきーさん……?」
突然流暢に話す柿本さんに驚きすぎてうまく言葉が出てこない。
「まだまだあるけど、聞きたい?俺の我慢自慢」
それにはブンブン首を振った。
そして、次の瞬間思い切り吹き出してしまう。
柿本さんは、また私を元気づけようとしてくれたらしい。
柿本さんも明るく笑う私の様子を見て笑った。
そして、残っていたコーヒーを飲み干して口を開く。
「まあ、俺の自虐ネタは置いておくとして。
真面目な話、今から我慢することばかり覚えちゃうのはどうかと思うよ?」
クスクスと笑い続けていた私はその言葉にピタリと動きを止めた。

