店に入ると柿本さんは壁際に空いたテーブルを素早く見つけ、私に微笑みかけながら言った。
「ここで待ってて?
俺、買ってくるから。千波ちゃんのお好みは?」
「え? そんな悪いです。
あ、じゃあ、お金……」
慌てて財布を出そうとする私を柿本さんが制する。
「やめてよー。コーヒーくらいご馳走させて?
千波ちゃんは甘めな方が好みかな?違う?」
「……当たりです。ブラックとか絶対ムリ。
じゃあ、温かい甘めのやつおまかせでお願いします」
素直に頭を下げると柿本さんは「りょーかい」と言いながら背負っていた小さめのデイバックと手にしていたスケッチブックを傍らの椅子に置いてカウンターに歩いていった。
何でだろう? 柿本さんにはすぐに素直になってしまう。
決して押し付けがましいところがない優しさはついつい甘えてしまいたくなる。
柿本さんを待っている間、目の前に置かれたスケッチブックに視線が止まった。
さっき、シンタくんと話ながら柿本さんはどんな絵を描いていたんだろう?
興味はあるがさすがに勝手に見るわけにもいかないので、私はすぐ横の壁に目を向けた。
そこには本棚の絵が一面に描かれていて、手を伸ばしたら本当に本を手に取れそうな気がした。
「意外に凝ってるよね? この絵。
こんなにたくさんの棚を描いているのにどれ一つとして同じレイアウトのものがないんだよ」
いつの間にか2つのカップをのせたトレイを手に柿本さんが戻ってきていた。
私は改めて本棚の絵に目をやる。

