以前と変わらず愛想がいいとは言いかねるマスターがオーダーを取って戻っていくと、急に背筋を伸ばした千波がモジモジと落ち着かない様子を見せ始めた。
「何やってるの? トイレならあっちだけど」
店の奥を指差してやると顔全部を赤くして抗議する。
「そんなんじゃないもん!」
「じゃあ、何?」
千波は訳が分からなくて首を傾げる俺を上目遣いで見上げながら、
「……今さら緊張してきた」
「はい?」
「だから! 緊張するの。
昨日の電話も今日会ってからここに来るまでもシンタくんがいつもと全然変わらないから忘れそうになったけど、
……私、こんな風にシンタくんと会ってていいんだっけ?」
その思いがけない問いかけで俺の中に言い様のない感情が込み上げる。
そんな風に思わせていることを申し訳ないと感じるのに、その戸惑っている様子がたまらなく可愛いと感じてしまう矛盾。
千波をきちんと意識し出してから、こうして説明のつかない感情が押し寄せてくることが頻繁にあって。
これが本物の恋愛感情ってやつ?
いい歳してそんな疑問を持ってしまっている。
「何だそれ?
あー、そういえば俺も千波がいつもと全然変わらないから忘れそうになってたわ。
俺って大事な宿題抱えたままだったね?」
そんな感情の全てを押さえつけながら向かいから千波の顔を覗き込んでやると小さな肩がびくんと跳ねた。

