「お母さんは辛い記憶に蓋をしたんじゃないよ。
宝石箱に蓋をしたの」
俺と同じようにカウンターに向き直って、香折さんはグラスを手にする。
「何? 宝石箱って」
香折さんに顔を向けると、彼女も真っ直ぐ俺を見ていた。
「お母さんにとっては、川越でのお父さんやシンくんたちとの思い出が一番綺麗なんだよ。
キラキラの宝石なの。
綺麗なものをそのまま残しておくために、誰にも触れられない自分の心の一番奥にある宝石箱にしまって蓋をしたの。
だからいつかそのキラキラの宝石を眺めたくなったら、お母さんは自然に蓋を開けるよ。
いつかきっと開けるから大丈夫」
香折さんは自信たっぷりの表情で笑っていた。
昔とは髪型も違うし、眼鏡もかけてない。
だけど全然変わらない笑顔。
難しい研究論文を書き上げる度にこの笑顔を見せていた。
「ーーーさすが心理学者(サイコロジスト)。
俺を泣かせようとしてるでしょ?」
「泣かないの?」
「泣かねーよ」
精一杯の強がりで俺は香折さんに舌を出して見せた。

