「このベンチの前からスタートね。
それは俺が持つから貸して」
桜の木の下のベンチの前で仁王立ちしたカイチくんが私が斜め掛けしているカーキ色のポーターバックに手を伸ばす。
「ね、本当に走るの?
いや……うん。走るのはいいんだけどね?
バッグは自分で持てるから」
恐縮する私にカイチくんは頑として首を振り、私に向かって更に手を伸ばす。
「いいから。
それくらいのハンデがないと俺がぶっちぎりで勝っちゃうからさ。
日吉の荷物は俺が持つ」
この一言が私の負けん気に火を付けた。
「ぶっちぎりでなんか負けないもん!
いいよ、それなら私は本気で走るからね?
ハンデつけたこと後悔しても知らないよ?
身軽になれたら私が勝つ!!」
……いつから、どこから、こんな展開になって、真剣勝負をすることになったんだろう?
バッグを遠慮なくカイチくんに差し出して、左手首に付けていたアイボリーのシュシュで肩下まである髪をポニーテールに結んだ。
カイチくんはそんな私の様子を眺めて微笑むとバッグを自分の肩に掛けて
「じゃ、いくよ?
よーい。スタート!!」
私たちは勢いよく走り出した。

