「…何処に隠したんだっけ…?」

押し入れを開けて溜め息をつく。
ギッシリといろんな物が詰まった段ボール箱。この中から探すとなると厄介だ。

「確か、ずっと奥に入れたような…」

手前の箱をどんどん出す。フルートのケースは黒。しかもそんなに大きい物じゃない。
どんな状態で隠したか、自分もさっぱり記憶に残ってない。
あの頃は朔が亡くなったばかりでかなり参ってたし、とにかく目の前からブラスに関する物は全て排除したくて、捨てたり隠したりしたから…。


「……あった!」

押し入れの一番奥の隅っこ。段ボールの隙間に隠すように突っ込んでる。
手を伸ばして取り出す。黒いケースの表面がどこか白い…。

「げっ…!カビ⁉︎ 」

当たり前だ。ずっと段ボールの隙間にあったんだから。

「とにかくキレイにしなくちゃ…」

慌ててケースを磨く。外はいいとしても、問題は中身。
カビだらけなんて、それだけは勘弁して欲しい。
そ…っと開く。
現れたシルバーの棒。色がかなりくすんでいる…。

「でも、カビ生えてない…良かった…」

マウスピースを取り出してみる。
唇にあてた瞬間、ふ…と蘇る記憶。

(そうだ…朔と一緒によく楽器を磨いてた…)


練習後の音楽室。丁寧に楽器の手入れをする朔が、いつも言ってた言葉。

「楽器の内も外もよく磨いとけよ。手入れが悪いとすぐ音に出るからな」

高校に入学した時、お互い自分用の楽器を買って貰った。安くはないから…と、朔はホントに大事にしていた。

「指紋残したくないんだよな…」

曇り一つない位、綺麗だった朔のトランペット。それに負けないよう、自分もフルートを磨き上げてた。

“ ホ〜…”

懐かしい音の響き。弱々しいけれど、あの頃と同じように音が出た。
続けて何度か吹いてみる。でも…

「ダメだ…息苦しい…」

腹式呼吸のやり方も覚えてない。こんなんじゃまともに吹けない。

「七年だもんね…」

何もしなかった期間。音から逃げてばかりいて、楽器からも逃げていた…。
少し落ち込む。私は一体何をしてたんだろう…。

「これじゃ演奏なんて夢だな…」

自分の楽器があっても、吹けないんじゃ話にならない。でも、吹かなければ何も始まらない…。

「もう一度…一からやり直してみるか…折角のチャンスだし…」

押し入れの箱の中から教本を見つけ出して読み返す。基本からの再開。曲に辿り着くにはどれ位の時間がかかるか分からない。

「…良かった…誘い断っといて」

昼間の坂本さんのセリフを思い出す。あの人が本気で私を楽団に誘ってたとは思えない。

「きっと…吹かせたかっただけよね…」

しまい込まれたままの楽器が可哀想で、忍びなくて、吹く気にさせたかっただけ。

「だって楽器職人だもん…」

見習いだけど…って、それは余計か。

どんな言葉であれ、音を取り戻したからには曲が吹ける様になりたい。
吹ける様になったら一番先に朔に聞かせたい。

「私のフルート、いつも褒めてくれてたからね…」

マウスピースに向かって呟く。
もの言わない金属からは、何も応えは返らないけど…

「もう一度、聞かせるからね、朔…!」

今まで見守ってくれた感謝の気持ちと、急に亡くなってしまった悲しみや悔しさ、それからどれだけ好きでいたかっていう気持ち、全部音にして、言葉のように語ってみたい。

(あの人のように…)

キレイな瞳で、真っ直ぐ私を見ていた坂本さんの顔を思い浮かべた。
私の演奏なんて、彼の足元にも及ばないけれど…。

(せめて昔のように朔に喜んでもらいたい…。そしてキチンとさよならしたい…)

朔と離れて歩き出すには、まずあの曲を吹ける様にならないと。

中学時代の思い出の曲。朔と一緒に、何度も音を重ねてきた…。

「待っててね、朔…頑張るから…」

決別への決意。ようやく少し、私らしくなってきたーーー。