「――ってゆーハナシィ。チョーこわくな~い?」
「はぁ?」
「だって~、最後なんか命令口調だよ~? ヤバクナイ?」
そう言って、楽しそうに茶髪の痛んだ毛先をいじくっている。
「え~、別にぃ」
「なんでぇ?」
「だって、そん時、その子、一人でいたんでしょ?」
「ん~、だと思う~」
「その子が失踪とかしてれば、一人の時に何が起こったかなんて噂になんないし」
「あ~」
「てゆーことは、スマホの話がマジだったとしても、その子にはなんも起こんなかったってことじゃん。都市伝説だか怖バナだか知んないけど成立してなくない?」
「あ~、だよね~。――あ、だれかきた~」
インターホンの音が一階から聞こえた。
「ひひひ、『開けろ』じゃね?」
「ちょ、やーめーてーよーねー。Amazonだよ、Amazon。親いないから出てくるね~」
だるそうに立ち上がると、元はビビッドなピンクだったらしいスウェットの尻をわざとらしく払ってから部屋を出て行った。
ドアが閉まり、あたしは部屋に一人残される。
外を走る車の音も聞こえない。やけに静かになって耳鳴りがするくらい。
――都市伝説『開けろ』かぁ。
玄関が開いたままで女の子が行方不明になった後、『開けろ』で埋め尽くされたスマホが見つかってたら――成立するんだよね。
テーブルに置いたスマホが急にブブッと動いた。
……ラインだ。
ビビった自分にイラッとした。
スマホの画面は変換予測――!
……そっか、ラインの途中だったっけ。
マジイラっとする。
画面は『ダメ世~』というアホみたいな誤変換を表示してる。
友達にそんなレスをするところだったから。
クリアを押して消す。
そして――『あ』を入力する。
何となく。
ただ何となく入れてみただけ。
いつも通り変換予測が瞬時に表示された。
それは『諦め』という言葉だった。
『開け』ではない。
ほっとした……って、バッカみたい!
あたし何気に怖がってんじゃん。
『諦め』は今日の昼休みに『期末試験もう諦めた』とかラインした覚えがある。
おかしなことはない。
だから次の変換予測で表示されるのは『た』のはず。
決定を押す。
表示されたのは……『ろ』?
『諦め』『ろ』
え、何を?
部屋のドアがゆっくり開いた。
毛先の痛んだ茶髪、色あせたピンクのスウェット、左だけ捲り上げてすねを見せている。
さっき出て行ったのと同じ格好。
でも、Amazonの箱は持っていなかった。
「荷物じゃなかったん?」
「……ちゃった」
「え、なに?」
「……開けちゃった。……どうしよう」
「はぁ? ヨソんちの荷物だったとか? ……ちょ、アンタ、顔超青いんだけど。大丈夫?」
顔色だけじゃない。
目をぎょろりと見開いて、部屋の隅とか天井とかを何か探すみたいに見回している。
様子がヤバすぎる。
「どうしよう……ねぇ、どうしよう……どうしよう……」
「ちょっと……どうしたの? なんかあったの?」
「げ、玄関……あ、あ、あ、開けたら……」
「うん、開けたら?」
「あ……あ……」
口をぱくぱくさせている。ひび割れた唇からよだれが一筋垂れた
「『あ』? 『あ』がどうしたの?」
「『諦めろ』」
ひび割れた唇から吐き出されたのは妙にカン高い男の声だった。
END


