「はは~ん、さては男でもできたな?」


さりげなく囁いたマキちゃんの言葉に

わたしは持っていたお箸を思わず落としそうになった。


「えっ、えぇ…マ、マキちゃ…お、男って…!?」

「そっかそっかー。知鶴がダイエットねぇ。あの奥手な知鶴にもとうとう春が来たか~」

「ち、違うよ…っ!!」


どうにかマキちゃんの誤解を解きたくて

わたしは椅子から立ち上がり真っ赤な顔をして叫ぶ。


するとその声が意外にも大きかったらしく、教室にいるみんなからの視線をいっせいに浴びてしまった。


何だかよけい見せ物みたいになってしまったようで

わたしはさっきまでの勢いがウソのように途端にモジモジと席に座りなおす。


「あはっ、冗談だってばー!知鶴ってばかわいいなぁもう」

「………」

「知鶴があの瀬戸くん一筋だってのはもう1年の時から知ってるしねぇ」


瀬戸くん。


その名前を聞いただけで、思わず胸がドキッとしてしまう。


みるみるうちに顔が赤くなり、そのまま下を向いてしまったわたしに

マキちゃんはただキョトンと首をかしげていた。


「知鶴?」

「………」


気がつくとふと思い出し、考えてしまうのは

昨日と一昨日の忘れられないような体験と、そして何気なく聞いた…瀬戸くんの言葉。


その瞬間、胸の奥がギュッと締め付けられるような感覚がして

わたしはギュッと両手をにぎりしめた。


“本当は笑ってほしいのに、どうして俺はいつも桐谷を悲しませる事しか言えないのかな”


ねぇ瀬戸くん。

わたしがあのとき思わず泣き出してしまったのは、瀬戸くんのせいじゃないんだよ。


わたしはただ…自分が悔しかっただけなの。

瀬戸くんに言われた事を、すんなり出来ない自分がどうしようもなく悔しくて…悲しかっただけなんだよ…。


だけどあの時、とっさにそう言うことが出来なかったのは

ふと見えた瀬戸くんの瞳がとても切なくて…どこか寂しそうだったから…。