水泳のお時間

「…桐谷?」


プールに取り残されたきり、そこからずっと動けずにいると、ふいに後ろの方から瀬戸くんの声がした。


その瞬間、わたしの肩がビクっと震えあがる。


「まさかずっとそこにいたの?はやくプールからあがらないと…風邪ひくだろ」

「……」

「桐谷」


瀬戸くんがもう一度わたしの名前を呼ぶ。


だけどまともに瀬戸くんの顔を見られそうになくて、わたしは背を向けたきり振り返らなかった。


そのままギュッと目を押しつぶる。


…お願い。呼ばないで。

だって今の顔、瀬戸くんに見られたくない…。


「桐谷」


だけどその瞬間、後ろから水に飛びこんだような大きな音がして、強引に肩をつかまれた。

そしてそのまま瀬戸くんに無理やり前を向かされてしまい、わたしはとっさに顔を背ける。


「……泣いてんの?」


わたしの顔を見て、瀬戸くんが口を開いた。

だけどその問いに、わたしは俯いたまま何度も首を横にふって否定する。


違う。泣いてない。

泣いてなんか、ない…



「…っ、ひっくっ…」


だけど強がれば強がるほど悔しさが込み上げてきて

わたしはとうとう泣き出してしまった。


そんなわたしを瀬戸くんは何も言わず見つめてる。


イヤだよ…わたし、瀬戸くんに今の顔見られたくない。

こんな事くらいですぐに泣き出してしまうようなみっともない所なんて、瀬戸くんに見られたくないのに…。


だけどそう思う気持ちとは裏腹に、涙は止めどもなくあふれ出てきて…

わたしはとっさに両手で顔を覆った。