水泳のお時間

体を水面へ仰向けに倒したまま、つま先を上に軽く蹴り上げる。


伸ばした腕は耳の後ろまであげ、横に回して太ももにつける。



…背泳ぎは、初めて自分の力で泳ぐ最初のキッカケをくれた、一番好きな泳ぎ。


昔から水に潜るのが苦手だったわたしにとって


顔を水につけないでも泳ぐことが出来る背泳ぎは、

他のどの水泳よりも不安要素が少なく、もしかしたら自分でも出来るかもしれないと、そんな気持ちにもさせてくれた。


だけど、水に浮く事じたい不慣れだったわたしには、

そんなすぐに泳げるようになれるほど、やっぱり単純なものではなく


体は仰向けに、進む先が見えないまま泳ぎ続けるというのはとても難しく、前に進むことが改めて怖いと思った。


だけどそんな時、瀬戸くんがわたしの目となり、泳ぐのを手伝ってくれて。


手は触れていないのに、すぐ傍には瀬戸くんがいて、見ていてくれる。


そう思ったら不思議と不安が消えていって。


瀬戸くんを目で追い越しながら…初めて自分の力で泳ぐことが出来たあの日。


瀬戸くんの背中を追って歩く自分よりも、

瀬戸くんと同じ隣を、前を向いて歩いていけるわたしになりたいって、そう思った。


「……っ」


視界に見えるのは、ひたすら下へと移動していく雲。


水を通して、心臓の音がいっそう体中に伝わるけれど、

決してその間も泳ぐのを止めずに、必死に息をする。


後ろはどうなっているのか、どこまで進んだのかも、分からない。


瀬戸くんの姿も、見えないけれど。


だからその代わりに、頭の中でイメージするんだ。


すぐ傍にあるゴールを。


わたしの目になって前を歩いてくれる…瀬戸くんの姿を。