水泳のお時間

その時、思わず自分の心臓が大きく波打つと同時に、約束の鐘が鳴った。


その瞬間、わたしは大きく息を吸いこむと、首を下に両膝の力をこめて泳ぎだす。




肩幅まで曲げて広げた両足は、お互いのひざを挟むようにしては閉じる。


息をはきだす度に押し出された手のひらは、

自分の腕よりも外側に広げ、円を描くように水をかいて泳ぐ。



頭で考えるよりも先に手足が動く。


瀬戸くんから教わった動きを、体が覚えている。


ただ必死に、何度もその動作を繰り返し前へ足を押し進めながら…


気がつくと、わたしの頭には今までの出来事がよみがえってきて、

瀬戸くんに言われたことを思い出していた。


“ビート板はもう使わない。でもその代わりならいくらだってあるから。……こうやって”


平泳ぎ……


それはわたしにとって一番苦手で、避けてきたもの。


練習の時には、瀬戸くんの前で足を開いて見せることが恥ずかしく、怖くなって

つい途中で逃げ出してしまい、瀬戸くんを怒らせてしまった事もあった。


その日の夜はものすごく落ち込んで、自己嫌悪に苦しみ、

今でもその時のことを思い返すと、胸が痛くなるけど……


だから瀬戸くんがビート板の代わりに、

両手を使ってわたしをゴールまでつれていってくれた時は、夢を見ているんじゃないかって思うくらい、本当に嬉しくて。


このままずっと瀬戸くんの後ろをついて行くことが出来たらいいのにって、

あの時心の底からそう願ったんだ。


だけど……


その瞬間、奥に伸ばした指が25メートル先のふちをつかみ、

わたしは力いっぱい水中の壁に足裏を引きよせる。


そのまま水中で両足を強く折り曲げると、バネにするように一気に後ろへ踏みあげていく。