水泳のお時間

プールの階段へと移動したわたしは体を後ろ向きにし、

手すりにつかまりながら足をゆっくり下へと踏みおろしていく。


そして小さな水しぶきがあがったかと思うと、

わたしは真ん中のスタート地点へと歩み寄り、立った。


「……」


とうとう、ここまで来た。来たんだ。


唐突にそんなことを思いながら、

ドクンドクンと鳴り止まない心臓の音を抑えようと、わたしは目を閉じる。


“泳ぐ順番は桐谷が好きに決めていい。俺はここから見ているから…桐谷の泳ぎを”


それは、瀬戸くんが泳ぐ前にわたしにかけてくれた言葉。

緊張と不安を隠しきれずに、いつの間にか手が震えていたわたしに、かけてくれた言葉。



わたしは閉じていた目を開くと、プールサイドの中央へと視線を動かす。


その先に立つのはもちろん…瀬戸くん。


…ずっと憧れていた人。

この二年間、この想いを寄せ続けてきた、大切な人。


そしてその人は今

この心を喜ばせ、悲しくもさせたあの日と同じ瞳をして、まっすぐわたしを見ている。



その瞬間、わたしは大きく深呼吸すると、

抱きしめていた黒いゴーグルのヒモを頭の後ろへとまわし、目元にかける。


そして視線は25メートル先の青い壁を見つめたまま、

いつ泳ぎ出してもいいように片足を水中の壁に引っかけて止まりながら…


試験開始の鐘が鳴るのを静かに待った。