「瀬戸くん。先生がね、明日までなら、学校のプール使えるって…」

「うん…」

「だから明日…最後の日はどうしても、わたしが自分の力で泳ぐ姿を、瀬戸くんに見てほしい」


それ以上のことはもう何も望んだりしません。

ワガママももう口にしません。


こっちを振り向いてくれなくても、いいから……


だけど明日、今度こそ水泳の時間が終わる…最後の日だけは、どうか瀬戸くんに見ててほしいんです。


そう言って、俯いていた顔をゆっくりと上げて見せたわたしに、

瀬戸くんはしばらくの間、黙っていたかと思うと、くしゃっと目じりを崩し、優しく細めながら、こう答えた。


「俺も見たい」


そこで見た瀬戸くんの表情は、

今までないくらい最高の眼差しでも、とびきりの甘い笑顔でもない。


だけどこのとき初めて、瀬戸くんはわたしに本当の、

心からの笑顔を見せてくれたと思った。


……溺れて、もがいていたはずの心が、上ではなく、前を目指して泳ぎだす。


出口はきっと、すぐ目の前にあったのかもしれない。

ここから抜け出すことなんて、本当はすごく簡単だったのかもしれない。


でも今のわたしにはもう、必要ない。


だってあなたのその一つの一つの笑顔や言葉が、

これほどまでわたしの心を悩ませ、忘れなくさせてくれるのなら、これ以上の幸せはないと思ったから。


わたしは最後にもう一度、濡れたまぶたを拭うと、まっすぐ目を見つめて言った。


「瀬戸くん、ありがとう」



…もがき続けてもいい。


息が苦しいままだって、構わない。


ここから抜け出すための出口も、方法もいらないから…。


それでもわたしはあなたの心に溺れ……泳ぎ続けたい。