「ねぇ知鶴、瀬戸くんと付き合ってるってマジっ?」

「えっ?」


その日のお昼休み、水道の蛇口を閉めて、ポケットからハンカチを取りだそうとしたとき、

鏡に映ったマキちゃんが突然コソッとわたしに耳打ちしてきた。


そこで聞かされた言葉に、わたしは掴んでいたハンカチを落としそうになる。


「あっはは。知鶴ってば動揺しすぎ!」

「ご、ごめん。で、でも…どうして…?」

「さっきの子たちがそう噂してたの!しかも瀬戸くん本人がそう認めたんだって?!知鶴ってばやるじゃん!」


さっきまで噂していたと言う女の子たちが揃ってパタパタとお手洗い場から出ていくのが分かると、

マキちゃんはとたんに声を大きくして笑った。


そんなマキちゃんに、わたしは素直に頷いて喜ぶことが出来なくて…

ふいに昨日の出来事が頭をよぎる。


…マキちゃんが言っている事や、さっきの人たちが噂していたのはきっと、昨日のことだと思う。


隣のクラスの女の子たちに呼び出されて問い詰められたとき、

わたしがいつまでも自分の気持ちや、本当のことをはっきり言えずにいたから

助けにきてくれた瀬戸くんが気を遣ってわざと嘘をついてくれたんだ。


マキちゃんが言うように、本当に瀬戸くんとそんな関係になれたならきっとすごく嬉しい。

すごく嬉しいはずだけど…


でもわたしはその夢を、もう夢で終わらせたくないから……


「マ、マキちゃん、違うの。瀬戸くんは今まで、わたしの水泳練習に付き添ってくれてて…その、付き合ってるわけじゃ…」

「水泳?!何それ?どしたの急に?」

「お、泳げるようになりたかったの…!本当はわたしも、みんなみたいに泳げるようになりたくて…」

「……」

「だから、わたし…どんな事があっても頑張ろうって思ったんだ…」


…今までこんな事、誰にも言わなかった。話せなかった。


悩んでいる事はたくさんあっても

本当はこうなりたい、変わりたいと望んでいる自分がいることは、

どうしても口には出せず…胸に閉まってた。


でも今はちゃんと言葉にすることで、どんな事も本当に叶えられるような気がするから……。