「疲れた?」


車の行きかう音があちこちから聞こえてくる帰り道。


足元から地面に伸びるふたつの影をぼんやり見つめながら…

ひたすら足を動かして歩くわたしの手に、瀬戸くんの指先がそっと重なる。


その瞬間、わたしは思わずハッと顔をあげると、フルフルと首を横にふった。


「そ、そんな事…ないです…!」

「そう?でもせっかく今日は一人で泳げるようになったのに、肝心の桐谷はあんまり嬉しそうじゃないから」

「……」

「それとも気にしてる?さっきのこと」


本当は何もかも見透かしていた瀬戸くんの言葉に、

わたしは返す言葉が見つからなかった。


視線は再び地面の影を向いたまま、ギュッと目を押しつぶる。


――自分は泳げませんとかウソまでついて、瀬戸くんに近づこうとするなんて最低。


「桐谷が責任を感じる必要はないよ。向こうも本当は分かってる」


あの時言われたことを思い出し、黙っていると、

さっきまでわたしの手と重なっていたはずの瀬戸くんの指が動いて絡まる。


そのまま優しく握られた手に、わたしは少しの間躊躇していたけれど、しばらくしてコクンと頷いた。


「……」

きっと。

きっと前までのわたしだったら、諦めてた。押し込めていたと思う。


自分の気持ちに胸を張る勇気も度胸も、権利だってないと思ってた。


だけど、今は……


「瀬戸くん。わたし…昨日の練習で、小野くんにはっきりと言われました。水泳…向いてない、って……」

「……」

「それでもわたし、もう諦めたくない……」


その瞬間、思わずギュッとわたしの手に力がこもる。

そのまま何かをこらえるように唇を結んだわたしに、瀬戸くんは笑った。


「…いいよ。それでも」


……今日も明日も、わたしが瀬戸くんに踏み入りたい、近づきたいと想うことで

他の誰かをいつの間にか傷つけて、悲しませてしまう事になっても。


それでももう、知らなかった頃には戻れない。戻りたくない…。

これだけは誰にも譲れないと思った。初めて、思ってしまったから。

この気持ちだけは、偽りたくない……。