水泳のお時間

わたしがとっさに何か言いかけようとすると、小野くんは突然ツカツカとこっちに歩み寄ってきて、強引にある物を差しだした。


「これ、返す」

「えっ?」


そう言って、小野くんにムリやり渡されたのは…黒いゴーグル。


その瞬間、わたしは目を開いて、小野くんを見あげる。


すると小野くんはそんなわたしから目を逸らしながら、ボソボソと口を開いた。


「元々そういう約束だったし、桐谷さんこれ無いと水に潜れないんだろ」

「……」

「その…悪かったな、ゴーグル取ったりして」


小野くんはまくしたてるようにそう言うと、

まるでバツの悪そうな表情を隠すように、フイとそっぽを向いた。


そのまま何も言わなくなってしまった小野くんに、

わたしはしばらくのあいだ大きな瞬きを繰りかえしていたけど、すぐに手元のゴーグルに視線を戻して見下ろす。


そんなわたしの手のひらには、まるで守られるように小さくくるまっている、黒いゴーグル。


誰かに傷つけられたような痕も、壊されたような跡もなく、無くす前とおんなじまま。


無事そのままの形で手元に帰ってきてくれたゴーグルを前に、


わたしはまるで愛しいものを包みこむみたいに、

それを両手でおそるおそる大事そうに抱えると、胸にきつく抱きしめた。


「…ありがとう…」


戻ってきてくれて嬉しい。

もう返してもらえないんじゃないかって、そう思ってた。


だから戻ってきてくれて良かった。

本当に良かった…。


「――それで?桐谷の水着に傷をつけた事について心当たりは?」


ゴーグルが戻ってきてくれたことにしばらくのあいだ喜びを噛みしめていると、

今までその様子を見守っていた瀬戸くんが突然口を開いた。


思ってもいなかったその言葉に、わたしは驚いて顔をあげる。


えっ?アレ?ちょっと待って


ど、どうして瀬戸くんがその事…


わたしがそう尋ねるよりも先に、小野くんがおもむろに顔をしかめて言った。