「俺の時も、そうだった?」

「え?」

「俺から初めて水泳を教わるときも、桐谷は怖いって思った?」

「!そんな…」


瀬戸くんの言葉に、わたしはあわてて首を横にふって否定する。


しだいに大きくなっていく雨音。


重なった瀬戸くんの視線に、わたしはすっかり顔が熱くなりながらも、

精一杯の勇気をふりしぼり、震える声でつぶやいた。


「だってわたしは…わたしは瀬戸くんなら、いい。瀬戸くんになら、何されたっていいんです…」


突然そんな大胆な言葉を口にしてしまったわたしの声は、あっけなくも雨の音にかき消されてしまう。

けれどもう一度言い直す勇気はなくて、あきらめて首を横にふったわたしに、

瀬戸くんはあえてその先を聞き返すことなく、また歩き出した。


……そうやって瀬戸くんは、いつもわたしに深入りしようとしない。


わたしは近づきたいのに、瀬戸くんはわたしからどこか一線距離を置いていることや


そして本当はわたしの気持ちを初めから知っているのに、瀬戸くんはわざと気づかないふりをしてるってことも。


なんとなく分かってた。


だから、この気持ちを言葉にして伝えてはいけないような気がして、

押し寄せるこの気持ちを押しころして、今まで遠慮していたけど

でも、どうしても言わずには居られなかったんだ。


…胸に浮かんだ赤い傷痕が、本当は今もまだ少し痛むから…。


“なんたって元水泳部で、しかも大会で優勝経験もあるこの俺が教えてやるって言ってんだ。悪くはない話だろ?……少なくとも泳げない桐谷さんにとっては”

小野くんの言葉を思い出し、わたしは衝動的に胸に両手をあてると、それをギュッとにぎりしめた。


…瀬戸くん。


やっぱりわたし、他の人じゃイヤ、イヤだよ…。


だってこれほどまで、わたしの心を揺さぶって

そして、こんなにもこの体を熱くするのは。


他の誰でもない、瀬戸くんだけだから…。