水泳のお時間

「――桐谷?」

「!瀬戸くん…」


一人困惑していると、先に着替えてプールの鍵を教官室へ返しに行っていた瀬戸くんが、階段をあがって戻ってきた。


わたしはこの時、瀬戸くんが来てくれたことに思わずホッとしたけれど


瀬戸くんはわたしから、隣にいる小野くんに目を向けるなり、どこか不機嫌そうに眉をしかめた。


「……桐谷、これは何?」

「あ、こ、これは、その……」

「何って、桐谷さんがどうしてもこのゴーグルを返してほしいって言うから、取り引きしてたんだよ」


なんて言えばいいのか戸惑うわたしの声をさえぎって、小野くんが口を開いた。


そしてわたしから離れたかと思うと、音を立てながら瀬戸くんの方へと階段を下りていく。


「桐谷さん一人じゃ決められないみたいだし、なんなら指導者の瀬戸に決めてもらうか」


そう言って、瀬戸くんの目の前までやってきた小野くんは、持っていたゴーグルをかざして見せた。


「このゴーグルを返す代わり、俺が一日瀬戸に代わって桐谷さんの水泳指導をする。いいだろ?」

「……」

「なんたって元水泳部で、しかも大会で優勝経験もあるこの俺が教えてやるって言ってんだ。悪くはない話だろ?……少なくとも泳げない桐谷さんにとっては」


そこまで言って、ふと小野くんは階段上に立ち尽くしているわたしを見た。


その瞬間、わたしの体がビクリと震える。


そんな……

確かにゴーグルは返してほしい。

だけどその引き換えに、違う人と…瀬戸くん以外の人から水泳を教わるなんて……


そんなの嫌。いやだよ……!


「イエスかノーか。早く決めろよ瀬戸」


黙っている瀬戸くんに、小野くんが煽るような視線を向ける。

わたしは今にも泣きそうになって、祈るような気持ちで瀬戸くんを見つめた。


…お願い、瀬戸くん。

だめだって言って…


イエスって言わないで……!!