あの後、とっさに教室を飛び出したわたしは、衝動的に女子トイレへと駆け込んだ。

そのまま個室のドアを開けて中へ入ると、急いで鍵を閉める。




「……」


一人になった個室の壁に持たれ掛かりながら…

しばらくしてわたしは震える体をギュッと抱きしめる。


それでも思い出してしまうのは、肩に触れた小野くんの感触と、言葉…。


“へぇー。してないんだ。なら俺が水泳以外の事も教えてやるよ”

“これでも元水泳部だし、瀬戸よりもうまく教えられる自信あるよ”

“桐谷さん”


「……っ」


シンとした一人きりの静かな空間に響く…蛇口から漏れる水の音。


その瞬間、わたしはとっさに両目を瞑ると、両腕で体を抱きしめながら…小さく、今にも泣きそうな声で、ポツリとつぶやいた。


「…せと、くん…瀬戸くん…っ」


…誰でもいいわけじゃない。

そんな簡単なきっかけで断ち切れるような恋じゃ…想いなんかじゃ、ないの。


だって、わたしが心も体も全部差し出したいと思えるのはただ一人。

心に決めたあの人だけ、だから…。