水泳のお時間

「大丈夫。桐谷には泳げる素質がある。ただその力を自分で引き出すことが出来ないだけ」

「……」


ほんとうに…?


だって小さい頃から水嫌いで、中学のときは体育の先生のブラックリストに載るくらいのひどい運動オンチで


しかもこの前までは潜ることさえ出来なかったのに。

そんなわたしに素質があるなんて…


「そしてそれを引き出してあげるのが俺の役目、だから」

「!」


瀬戸くんの言葉に、わたしはハッと顔をあげる。


そのまま細くなった優しい眼差しを見て、わたしの目からとたんに大粒の涙があふれた。


「瀬戸くん、ありがとう…そんな風に言ってくれて」


嬉しかった。

だって今までそんな風に言ってくれた人、いなかったから。


自分に自信が持てなくて、劣等感ばかりが膨らんで

どうせ自分は一生泳げないんだって

大人も周りの人もみんな、そして自分自身でさえそう決め付けて、初めから諦めていた。


だけど瀬戸くんは違う。

わたしの力を信じて、背中を押してくれる。


いつも言うイジワルな言葉だって

それは私の成長を思ってくれている瀬戸くんなりの愛情の裏返しだということも、分かるから。


一人の力では出来ないことも、二人でなら出来るかもしれない。

それだけで見えない明日にも、コンプレックスの塊だった自分にも自信が持てる気がしたんだ。


…わたしはいつだって焦ってばかりいたけれど。

そんなの関係ない。少しずつ、自分が出来ることからこなしていけばイイんだ。

どんな些細なことも、きっと意味のある事だと思うから。


…うん。今日からまたがんばろう。


そう思って、体を起こそうとグッと手に力をあげて腰をあげようとした、その時だった。


あれ?


「桐谷、どうした?」


いつまでも動けずにいたら、そんなわたしに気がついて、瀬戸くんが声をかけてくれる。

するとわたしは今にも泣きそうになりながら、搾り出すような声で言った。


「…あ、あの…瀬戸く…」

「なに?」

「か、体…起き上がれなくなっちゃいました…」