「分かっていた……?」


 「心のどこかでは、何もかも分かっていた。なのに分かっていてもなお、俺は自分を止められなかった」


 「兄上、なぜ? 騙され、利用された挙句、こんなことになってしまったのに」


 「愛していたからだ」


 すでに清明は、目を閉じていた。


 正確には、もう目を開けている体力は残されていなかった。


 「七重が俺の全てだった……」


 それが清明の最期の言葉だった。


 「兄上、それほどまでにあんな女を……」


 清明は清廉の腕の中で息絶えた。


 その瞬間、清廉の世界は色を失った。


 (お兄ちゃーん。待って待ってー)


 (早く来い清廉。早く館に帰らないと、海に飲み込まれるぞ)


 (待ってよー。貝殻を持ちきれないよ)


 (仕方ないな。お兄ちゃんが手伝ってやる)


 (ありがとう!)


 清廉は子供の頃、無邪気に兄弟で浜辺を走り回っていた日々を思い出していた。


 それが今。


 何もかもが断ち切られてしまった。


 (許せない……!)


 清廉の頬を、一筋の涙が伝った。


 そして計り知れない怒りに、清廉は突き動かされた。