ある夜、私は本気で死のうとしました。

簡単に身辺整理をし、誰にも言わず覚悟を決めました。

妻の体の一部だった歩行器を押し、昼間でも人が通らないような小さな踏み切りへと向かいました。

終電の時間が過ぎ、貨物列車と夜行列車ぐらいしか通らない時間を狙って家を出ました。

私の家は線路の真横にあるので、電車の通る間隔は把握しています。

15分に一台は通ります。

踏み切りに着いた私は、最期に携帯電話に残された妻の笑顔を見ながら、電車を待ちました。

しかし、30分以上待っても電車は来ません。

苛々しながら煙草に火をつけていると、背後でけたたましい物音が聞こえました。

音の方を見ると、妻の歩行器が路肩から3メートルほど下の田んぼへと落下していました。

妻が落ちた!
そう感じた私は慌てて土手を駆け降り、歩行器を拾い上げました。

妻に謝りながら、歩行器を引っ張り上げていると、カンカンカンカン…
踏み切りが鳴り始めました。

呆然と立ち尽くす私の目の前を、列車が轟音と共に通過していきました。

死んではいけない
まるで妻がそう言っているかのようで、私は涙を抑ることができませんでした。