GOING UNDER(ゴーイングアンダー)

 自分は琴子に苛立ちを覚えているいるわけではない。腹が立つのは、自分の望みを押しつけてくる琴子のママに対してで、断じて琴子自身に対してではない。はっきり否定したかったが、そう言いきれないものも、自分の中にあった。

 美奈子の苛立ちは多分、琴子がママの横暴を黙って受け入れているところにある。それも、叱られるのが怖くて保身のためだけに嫌々従っているわけじゃなくて、本気でママのことが好きで、ママに受け入れられたいと願っていて、1人で空回りしているのが見ていられなくて辛いのだ。

 でも、それは琴子がグズだから、弱いから、意気地なしだからイライラしているわけでは決してない。叶わぬ望みを抱いて徒労を繰り返している彼女を見るのが辛くてやりきれないのだ。そして、そんな方法ではダメだと、なんでも琴子はママの望みどおりになるのだとママに信じさせることでは、ママに本当の意味で受け入れてもらうことなんて決して出来ないのだと口に出して言いたいのに、言えない。それがもどかしく、腹立たしいのだ。

 もし、口に出して言えば、きっと琴子を傷つけてしまう。だって、本当の意味であの人に受け入れてもらう方法なんて、美奈子にだって皆目見当がつかないのだ。両親の決めた道を歩くことを拒否した兄の知明とママの確執について聞けば、なお怖くなる。ママと分かり合う術などもともとないのだと、琴子に絶望をつきつけることになりはしないか。

「そうじゃないの。聞いて……」

 すぐ間近で自分を見返す少女の見開かれた目に向かって、やっと美奈子は口を開く。

「わたしはただ、琴がママに傷つけられるのを見るのが嫌なの。琴のママは、琴を傷つけることを平気で言ったりしたりするんだもの。それなのに、琴はそれを許してて、ひどいこと言われても怒って言い返したりもしないし……。わかってるの。たった1人の琴のママだもの。だから、できるだけ仲良くしたいって気持ちもわかるし、けど、それでもそばで見ていて辛いの。だから、時々、琴に向かって琴のママの悪口を言いたくて仕方なくなったりするの。でも、それを言うと、琴がいやな気持ちになって、ママとのことをわたしに話してくれなくなるかもしれないと思って、わたし、琴にはなんでも話してほしいから。どんなことでも聞きたいし、知っていたいから。それが……」