「ええ?! まさかの裕太サン!?」

これが一歩引かれた根源である。

垣本裕太には伝説があった。

少年野球時代、その当事ストレート球を100㎞で投げ、その上四番打者をキープし続けMVP まで成し遂げた。
そのうらには過酷が付き物で……。
身体中を酷使し、小柄な体を蝕み続ける。
それでも、結果がついてきたから面白くて酷使するのも辞められなかった。

中学に上がり、試合の度に新聞に載ることは日常茶飯時になり、その名をとどろかせた。「最年少」と言う言葉も飾られて。

しかし、ツケは回ってくる。
酷使した体がついに悲鳴をあげた。

それを機に、裕太の輝かしい栄光は、お蔵入りとなったのだ。

野球好きにはショックな出来事だった。

受験生だしと、ついでに野球も辞めた裕太。それから勉強に身が乗るわけでもなく、今までの頑張りを無下にする行動ばかりして弾けた。

その挙げ句、行けるところにしか行けなかったようなここの高校へと受験することになったのだ。

裕太自身、勝手に持ち上げられた伝説とやらを投げ捨て、一個人の人間としてこの高校へと入学したはずだった。

誰にも過去の栄光など気付かれず、野球をエンジョイしてきた。

それが、入学して二ヶ月とたたない千秋という女の子に晒された裕太。

香苗の後ろに隠れていたと思えば、顔を綻ばせて「見つけてました」と全てを悟った表情をしてくる。

それが裕太には迷惑でしかなく、ため息をひとつ、それから

「俺は垣本でなく、岩本だ」

そして、皆は失笑する。

胸元に「垣本」と名前がついていることに気付かないほどの焦りが目に見えて。