澪汰はずかずかと私の前まで来ると、冷め切った眼で見下した。

_そして、おもむろに私の長い黒髪を鷲掴みにした。

 痛い。痛い痛い痛い。
私の髪がぶちぶちと抜ける、または切れる音がする。

「ッたい!離してよ!」

 喚く私を澪汰は完全無視して、私の髪を掴んだ手を自分の体に引き寄せた。
吐息を感じられる程の距離。
その間、8センチメートル。

_至近距離で見る澪汰の顔は、息を呑むほど物憂げで美しかった。

 ゴクリ。
私の生唾を飲み込む音がはっきりと聞こえた。
唾液がのどに絡み付いて気持ちが悪い。

 瞬間、澪汰の低く、うねるような声が私の脳に響く。

「おかえりなさい。は?」

 その静かな声色に、恐怖で身が震えた。
もう、反抗する気力も起きない。

「おかえりなさい。澪汰。」

「ん。」

 乱暴に捕まれた手が僅かに緩んだ。
私のたったその一言で澪汰は満足したようだ。

 先ほどの形相が嘘のように消えていく。

「結衣、ごめん。」

 そう言うと澪汰は私の髪の毛を掴んだまま、優しくキスをした。
軽く唇が触れ合う程度の純粋なキス。

 これは香水?
澪汰からは熟しすぎたオレンジのような、嫌に甘ったるい匂いがした。