雨が降り始めた。
雪は包丁を私に降り下ろした。
運動神経の鈍い私は避けることが出来ず、腕をケガした。
吹き出した血を、雪は愛しそうに眺めた。
雪は自分が何をしているのか分かったうえで、私を殺そうとしている。
「痛いよね、ごめんね。でも大丈夫。少し我慢して」
小さな子どもをあやすような優しい声。
結局、私は雪を普通の女の子にしてあげられなかった。
傷つけただけだ。
私だってまともじゃない。
「ごめん、雪…私、雪を助けられない…」
「なに言ってるの織子ちゃん…泣き止んでよ。また笑ってよ。私、織子ちゃんの笑顔大好きなんだ」
普段から人通りの少ない道。
雨が降っているとなれば、通行人はまずいない。
包丁は私の体を切り刻んだ。
不思議と痛みは感じないが、雨と一緒に流れていく赤い血が、自分がもうすぐ死ぬんだと教えてくれた。
「織子ちゃん、もうすぐ意識、無くなるよね。そしたら私も行くから、…お願い、最後に笑って。いつもみたいに、柔らかく優しく、天使みたいに、私だけの笑顔、見せて…」
どうして二人とも、泣いているんだろう。
「…雪…私はね…雪のことが好きだから、別れるって言ってたんだよ…忘れないで…雪を助けたくて…」
力を振り絞って、声を出す。
泣いている雪を安心させたくて、笑ってみせた。
「ありがとう。織子ちゃんの笑顔…もうすぐ私、本当に独り占めできるね…」
雪は弱々しく笑いながら、自分の首に包丁を当てた。涙が雨と一緒に頬を伝う。
雪には死なないで欲しかったが、止める力は無かった。
「ごめんね…」
私が言ったのか雪が言ったのか分からない、小さくてか細い声が
雨音の中に消えていった。