竹刀を振り上げ、桃弥の面を狙う。
 ほぼ同時に、桃弥の竹刀は私の胴を打ち突けた。

 ◇

 ―午後9時―

 公民館から徒歩2分の距離にあるコンビニ。

「バニラがいい」

「ちぇっ、何でまた俺が奢んなきゃいけねーの?藤堂先生は女に甘いんだから。ぜってぇ、胴ありだったはずだ」

「面ありだよ。何度タイムスリップしても、ももは私に勝てないよ」

「ばーか、俺はわざと負けてやったんだよ」

 そういえば……
 桃弥は私に面を打ったことがない。
 いつも、狙うのは胴か小手だ。

 私より上級者なのに、子供の頃から私に一度も勝ったことがない。それは私が強いからだと、ずっと思っていた。

 ――でも……
 本当は……私に手加減していたの?

 桃弥はいつものようにバニラアイスを2本掴むと、レジに持っていき財布からジャラジャラと小銭を取り出した。

「もも、いつもありがとう」

「はあ?」

「ももは女の子に面を打てないんでしょう。優しいんだね」

「音々、今頃気付いたのか。俺様は超優しい男なんだよ」

「……ってことにしといてあげる。本当は私より弱いんだけどね」

「こいつ、生意気な」

 桃弥は私の額をアイスの棒でこつんと叩いた。コンビニ前にしゃがみ込みアイスにパクつく。

 桃弥の優しさは、ずっと前から知ってるよ。何度もタイムスリップし、桃弥の優しさに守られてきた。

 あの日、私の頬を掠めた優しいキスは、どんなに記憶が薄らいでも、写真のように鮮明に残っている。

「リベンジしていーか」

「いいよ。いつでも受けて立つ」

 ツンと唇を尖らせると……
 桃弥の唇が優しく落ちてきた。

「えっ?えっ?」

「リベンジしていいって、今、言ったろ。隙ありだ」

「ず、狡いよ……」

 不意にキスするなんて狡い。
 心の準備出来てないってば。

 でも……
 ファーストキスは、バニラアイスの味がした。

 桃弥の意地悪な笑顔、憎らしいけど……大好き。

 桃弥の肩に、コトンと頭をもたれる。

 コンビニの前に流れる川。
 月夜に照らされ、草むらで青白い光がふわふわ揺れた。