「軍士さん。辛いことをお聞きして申し訳ありません。でも、どうしても時正や日の丸鉄道学校のお仲間のことが知りたいのです」

「どうしてそがあに知りたいんじゃ。原爆の話なんか聞いてもしょうがないじゃろう」

「俺達も……あの夏、あの場所にいたからです」

「あの場所に?桃弥君は面白いことを言いなさる。71年前に桃弥君は生まれとらんでしょう。じゃが、わしもあの夏……、桃弥君と同じ名前の少年に逢った気がしてのう。和男も国男も、日の丸鉄道学校の生徒もみんな覚えとらんかったが、紘一だけはわしの話を信じてくれた……」

「お祖父ちゃんが……?」

「紘一はこんなおかしなことも言っとりました。奥さんの蛍子さんが亡くなったあとのことじゃ。日の丸鉄道学校の同窓生と奥さんのお通夜に弔問した時じゃった。紘一は泣きながらわしにこう言ったんじゃ。『あの夏の少年少女が、わしの前にまた現れたんじゃ』ちゅうて。じゃが、もうそこに2人はおらんかったし、みんなは奥さんを亡くしたショックで、紘一が錯乱しとるだけじゃと、心配してのう」

「……お祖父ちゃんがそんなことを?」

「わしは紘一の話を信じた。あの生真面目な紘一が嘘をつくとは思えんかったし、わしもあの夏の少年少女のことは、朧気ながら覚えとる」

 桃弥はポケットから、1枚のビラを取り出す。

「……軍士さん、これを見て下さい」

 軍士さんはビラを手に取り、老眼鏡を掛ける。ゆっくり内容を読み、目を見開いた。

「……これは。これは原爆投下の警告文じゃ。どうしてこれを桃弥君が……?」

「これは俺が時正と一緒に作ったものです。軍士さんも紘一さんも手伝ってくれましたよね。同室の和男さんは、最後まで俺達に反対していた。国男さんは当初反対していたけど、俺の話を信じ協力してくれた」

 桃弥の話を聞き、軍士さんの手は小刻みに震えた。1枚のビラにより、私達の記憶も軍士さんの記憶も、遠い過去に引き戻された。

「……どうして、和男が反対したことを知っとるんじゃ。どうして国男が協力してくれたことも知っとるんじゃ?」

「紘一さんは天神町と元柳町、軍士さんは木挽町、材木町。俺は鉄道寮周辺にビラを貼った。時正は中島本町や中島新町にビラを貼った。時正はお婆ちゃんを助けるために、中島新町を選んだのだと思います。俺は鉄道寮周辺にビラを配ったために、8月6日深夜零時過ぎに、警察に追われました。俺達を警察から逃がしてくれたのは、紘一さんと軍士さんです」

「……わしは……夢を見とるんか?それとも……あの時の少年が、あの世に迎えに来たんか」