「僕は怪しい者じゃない。大崎時正《おおさきときまさ》じゃ」

「大崎?母ちゃんの親戚か?こんな時間に、どこから来たんだよ」

「母ちゃん……。君の母ちゃんは大崎なんか?ここはどこなんじゃ?僕は……どうしてここに?」

 彼は今にも泣きそうな顔で、私達に問い掛けた。

「そんなこと、知るか。こっちが聞きてぇーよ。お前、どうしてここに来たのかわかんねぇーの?」

 彼はコクンと頷いた。
 その瞳は落ち着きなく左右に泳ぐ。

「外で作業しとったら、空がピカーッと光ったんじゃ。目の前が真っ黒になって気をうしなった。……気がついたら……ここに」

 空が光った?雷かな?

 でも、怯えている彼が嘘をついているとは思えなかった。

「私は榮倉音々《えいくらねね》、彼は峰岸桃弥《みねぎしとうや》。もも、とりあえず家に上がって貰ったら?おじさんなら時正君のこと知ってるかも知れないし」

「……そうだな。時正、取り敢えず家に上がれよ。ねねも上がるか?今日はカレーなんだ。俺の作ったカレー超うまいんだぞ」

「遠慮しとく。私がカレー嫌いなこと知ってるくせに、ももは意地悪だな。カレーの匂い嗅ぐのも嫌だよ」

「俺の臭いは嗅ぐくせに?」

「……っ、煩い!」

 知らない人の前で変なこと言わないで、本当にデリカシーがないんだから。

 桃弥は彼を自宅に招き入れた。
 ドアが閉まる直前、彼の怯えた眼差しが私を捉えドキッとした。

 自宅に戻り自転車を停め、玄関のドアを開ける。

「お帰り、音々」

「ただいま。あのね、お母さん。隣に変な子が現れたの。汚れたシャツに下駄だよ。しかも、かなり着古した感じで、いかにも昭和って感じでなんか胡散臭い」

「音々、人のことを悪くいうものじゃありません。いかにも昭和で悪かったわね。お母さんも昭和生まれだけど、私に喧嘩売ってるの?それより早くお風呂に入りなさい」

「はいはい。今日はそんなに汗掻いてないよ」

 私はテーブルの上にあったお煎餅に手を伸ばす。直ぐさま姉のさくらにピシャリと手を叩かれた。

「音々、手くらい洗いなさい。汗臭いんだから」

 姉は鼻を摘まみ、口を歪めた。

「スポーツすれば汗臭いのは当たり前。ああ、香しい匂い。ていうか、今日の夕飯なに?」