あの日、あの時、君といたモノクロームの夏。

「お母さんー!!逢いたかったよ!」

 思わず、自分から母に抱きつく。
 母の懐かしいぬくもりに涙が溢れ、子供みたいに泣きじゃくった。

「……やだ、変な子ね。毎日逢ってるでしょう。何かあったの?こんな時間にどこ行ってたの?今日は剣道休んだの?」

「……剣道はももと行ったよ。すぐ帰ったけど……」

 私は毎日ここにいたの?

 時正君が私達の前に現れたのは5月27日。その翌日、私達は平和記念公園で落雷に……。

 やっぱりあれは……夢だったのかな……。

 テーブルに並べられた写真を手に取る。
 若い頃の祖父、両親の結婚式の写真には祖母も写っている。

 沢山の写真の中には、私達が子供の頃の写真もあった。懐かしい祖父の笑顔。写真が趣味だった祖父の遺品には、風景や花、平和記念公園で撮影した写真も沢山あった。

「……お祖母ちゃんに音々を逢わせたかった。私の子供を、お祖母ちゃんに抱いて欲しかった」

 母は祖母の写っている写真を手に取り、ポツリと呟いた。1982年のことがぼんやりと脳裏に浮かぶ。

「……ねぇお母さん。お祖母ちゃんは急性骨髄性白血病だったんだよね」

「どうして病名を知ってるの?お母さん、音々に話したっけ」

「……うん。話してくれたよ。お祖母ちゃんは優しい人だったんだよね」

「そうね。お祖父ちゃんは亭主関白だったし、職場のお仲間とお酒の席も多かったし、お祖母ちゃんも苦労したんじゃないかな。それにお祖父ちゃんは原爆の後遺症で、若い頃から病気がちで入退院を繰り返していたしね。お祖母ちゃんが亡くなり、通夜の晩に山口の叔父さんに『兄貴が苦労かけるけぇ、義姉さんが早死にしたんじゃ』と言われてね。親戚も突然のことで混乱していたんだろうけど、お祖父ちゃんが可哀想だった」

「そんなこと言われたの。お祖父ちゃんは口には出さなかったけど、お祖母ちゃんのこと誰よりも愛してたんだよ」

「やだ。音々、どうしてわかるの?でも……そうかもしれないね。お祖母ちゃんが入院した時、お祖父ちゃんは毎日病室に通ったのよ。私も瑠美も毎日病院に通ったけど、お祖父ちゃんは本当に献身的に尽くしてた」

「……お母さん、赤いお守り棺に入れてあげたの?」

「赤いお守り?どうして知ってるの?お祖父ちゃんから聞いたの?ちゃんと棺に入れてあげたよ。お祖母ちゃんと約束したからね。あれはお祖母ちゃんの母親の形見だから。私も瑠美もお祖母ちゃんのこと大好きだったんだ」

「……お母さん、音々もお母さんのこと大好きだよ」

 涙が溢れ、言葉に詰まる。

「どうしたの?音々、桃弥君と喧嘩でもしたの?お母さんも音々のこと大好きよ。だから泣かないの」

 母は私を優しく抱きしめてくれた。
 母にこんな風に抱きしめられたのは、何年ぶりだろう。

 小学生の頃に抱きしめられた記憶が最後だ。両親と触れ合うことが照れ臭くて、私から避けていた。

「……お母さんね、最初の赤ちゃんを胎内で亡くした時、もう赤ちゃんなんて産めないと思ってた。あの時、子供は諦めたんだ……」

「……お母さん」

「お祖母ちゃんが死んだ時、周囲の人がみんなこう言ったのよ。『綾の赤ちゃんは可哀想だったけど、でも綾に赤ちゃんがいたら、お母ちゃんの看病はできんかった。瑠美1人じゃ大変じゃったよ。赤ちゃんは可哀想だったけど、あれも運命じゃったんかもしれん。お母ちゃんを最期まで看れてよかったね』って。
 お祖母ちゃんの看病を全然出来なかった美紘姉ちゃんに比べたら、私はお祖母ちゃんの傍にいれてよかったと思ってるけど、ちゃんと赤ちゃんも産みたかったし、お祖母ちゃんに赤ちゃんを抱いて欲しかった……」

「……うん」

「あの時……私達の傍に誰かがいた気がするの。美紘姉ちゃんも瑠美もその人達のことを覚えてなくて『夢でも見てたんじゃない?』って笑うんだけど、確かに……少年少女が社宅にいた。
 その女の子に『綾さん……。諦めないで下さい。きっと赤ちゃんに逢えます。だから諦めないで』って言われた気がするの。お母さんね、その言葉にとても勇気づけられたんだ」

 母は私を見つめ、口元を緩ませ笑みを浮かべた。

「……あれはやっぱり夢だったのかな。不思議な出来事だった……。その子の顔は思い出せないんだけどね」

 母は私がその時の女の子だとは、気付いてはいない。

「さくらの名前はね、お祖母ちゃんが美紘姉ちゃんの赤ちゃんのために考えた名前からもらったんよ。音々の名前は守田のお祖父ちゃんが『音々にしよう』って。私も、あの時の女の子みたいに優しい子に育って欲しいと願って、音々にしたのよ」

 母は私の名前を覚えていたの……?

 祖母が亡くなった時……
 やっぱり私はあの時代にいたんだ……。

 ――あれは夢じゃなかった。